ラベンダーの歴史を巡る...


ラベンダーは、オートプロヴァンスの魂である。

−ジャン・ジオノ

 

オートプロヴァンスとは南フランスの県名で、ブルーダルジャンの畑もここに位置します。

香水の都グラースから地中海を望む
香水の都グラースから地中海を望む

いつ頃から、人はラベンダーを使うようになったのでしょうか。ラベンダーはどこで初めの花を咲かせたのでしょうか。未だに明確にはわかっていない。どの専門書にもそう書かれてあります。これは人類の起源、もしくは宇宙の原始を探るようなことかもしれません...

 

 

しかし、確実にその歴史に名を残した本があります。ギリシャ出身のローマの医師ペダニオス・ディオスクリデスが書いた「薬物学」。これが画期的な業績となった本だ。と言います。なんと、この本は西暦1世紀に出版されてから、なんと17世紀になっても現役で使用されていたからです。

 

 

その本ではラベンダーを「貴重な植物」に分類しています。さらに「ガラス製のアランビク(蒸留器)にその花を通して(蒸留して)つくられるラベンダー油は、他のいかなる香料をもしのぐ香りをもつ。」と述べています。

 

 

 

さらにさかのぼると、聖書では「ナルドの香油」という名のオイルもラベンダーだったと考えられることや、最も古い文献では古代ローマ人たちがすでに入浴のときの芳香剤として用いたり、肌着類を保存するのに使用したことがわかります。その他にも、古代アラブ女性たちが髪の毛にツヤを与えるために用いました。

 

 

 

古代エジプトでは、僧侶たちがラベンダー油と天然アスファルトでミイラを作っていたと言います。このような伝説じみた話を挙げればキリがないほど登場するのがラベンダーなのです。文献としては2000年の歴史があるようです。

 

 

ギリシャ神話の世界では、ラベンダーは魔女と魔術をつかさどる女神ヘカテーに献げられたハーブのひとつだったと言います。しかし反対に、ヨーロッパ全土では悪魔払いに有効だとして、ラベンダーの小枝を教会や住居で撒き散らされました。現在でもアルジャン村では、家の扉にラベンダーの花束がかけられていました。

 

 

 

そもそも「ラベンダー」という言葉は、ラテン語の「洗う(ラヴァーレ)」から由来すると一般的に考えられています。名前こそが、この不思議な植物がもつ浄化力と治癒力を明確に表しているのではないでしょうか。

 

 


ブルーダルジャンの蒸留器(アランビク)は100年前のもの
ブルーダルジャンの蒸留器(アランビク)は100年前のもの

 

 

古代では、主にフレッシュな状態の花や、乾燥させた形で大量に需要がありました。それが、中世になって大きく変化します。ヨーロッパ大陸に蒸留器(アランビク)がもたらされるのです。つまり、高度な「精油」が初めて作れるようになったということです。そもそも蒸留の精妙な技術はビザンツ帝国の医師が西暦550年にはじめて詳しく述べ、それから約500年の時を経てイスラムの哲学者イブン・シーナによって記述されました。

 

  

アランビクと呼ばれる水蒸気蒸留が確立したのは9世紀前後のイスラーム世界だということです。これは、イスラームの錬金術の発達と大きく関わっているというのです。そして、11〜13世紀にはヨーロッパとイスラームを結びつける事件が起きました。

 

 

 

「十字軍」

西ヨーロッパのキリスト教国が、イスラームから聖地エルサレムを奪還しようとする歴史的事件のことです。もちろん戦争といってしまえばそれまでですが、未知の国同士の文化交流という側面があったことは明確です。この時に、フランス人は兵士の傷の手当てをするのにラベンダーを使ったそうです。さらに、イスラームで発達した水蒸気蒸留法が西ヨーロッパへと伝わるのでした。

 

 

 

ヨーロッパにその高度な技術が定着したのは14世紀頃だと言います。

1512年に哲学者ブルンシュビッヒは蒸留についてこう述べます。

 

 

 

 

蒸留することは、微妙なものを粗大なものと分離することを、

そして、微妙なものから粗大なものを分離することを、

打ち壊せないものをもろく壊せるものにすることを、

物質的なものを非物質的なものに変えることを、

形而下のものを霊的なものに変化させることを、

そして、美しくする必要があるものを美しくすることを、それぞれ意味している

 

 

 

 

つまり、「量を求めるのか、質を求めるのか」どちらを優先させるのかを自分に問わなければなりません。精油は植物の魂であり精神だと言われます。この蒸留という技術は、「粗大なもの」および「物質的なもの」から、こうした「微妙」で「霊的な」エッセンスを分離するものなのです。

 

 

 

今日、私たちが知っている精油が全て蒸留法で最終的に生産されるのは、19世紀になってからのことでした。

 


 

 

 

近代的なフランスでのラベンダーの歴史をお伝えしましょう。

フランスは世界一のラベンダー生産国であり、野生のラベンダーが咲く場所でもあります。

野生のラベンダーは乾燥した標高の高い山岳地帯のゴツゴツとした岩の間にポツンと咲いているのです。

 

 

 

ブルーダルジャンの野生ラベンダー
ブルーダルジャンの野生ラベンダー

 

 

ブルーダルジャンのあるオートプロヴァンス県でのラベンダーの歴史は、香水産業で最盛期を迎えます。18世紀末、フランス・パリで「あるブーム」が貴族の間を席巻します。なめし皮の手袋。パリのご婦人方はこぞってこれを身につけました。南フランスのグラースでは、大変質の良い革なめしが生産されていました。

 

 

ところが、ひとつだけ革手袋には問題があったのです。それは、動物の革特有の嫌な臭いでした。そして、その臭いは手袋を外した後も自分の手にしっかりと残ったと言います。それで、グラースにはご婦人たちから大量の苦情が届きました。「この臭い、なんとかして!!」

 

そこで、なめし職人は「香水付きの革手袋」を開発します。

なぜならば、グラース周辺にはラベンダーやジャスミン、ローズなど多くのハーブが咲いていたからです。多くの精油が手に入りました。

 

 

 

すると、これがさらにブームになりました。革手袋の品質が良いだけではなく、あの嫌な臭いまでなくなるということは当時の社会では画期的なことだったのです。この時、ラベンダーはまだ栽培されておらず、全て野生のラベンダーを手作業で収穫していたと言います。それでも、そのブームのために大変な需要があったそうです。

 

しかし、革手袋に税がかかるようになり、また他の都市でも良質な革手袋が生産されるようになるとグラースの街の革手袋産業は一気に衰退するのでした。代わりに、19世紀ごろにはグラースの街は香水産業だけが残ったのです。

 

 

 

今では、世界の香水の中心地と言われています。

 あの「シャネルの5番」もグラースで開発されたものです。

 

 

ブルーダルジャンの畑

 

19世紀も終わると、いよいよ香水文化が花を開きます。それと同時に、ラベンダー精油という香料の需要が大変高まります。1920年代〜には向こうの山(写真奥)一面が真正ラベンダーに覆われていたと言います。それは、さぞ美しい景色だったでしょう。ラベンダーの収穫が組織化され、しっかりとした産業へと変化していきました。しかし、真正ラベンダーの時代は早々に終りへと近づくのでした。

 

 

 

1924年にはラバンジンの収穫とともに1トンのラバンジン精油が生産されます。その油の効率の良さと栽培の手軽さのために、みるみるうちに真正ラベンダーがラバンジンに取って代わったのです。そして、やがてその生産量は1000トンにまで達します。

 

 

 

生産コストが低く、100倍もの効率で精油を産出するラバンジンが、近代産業には合っているのです。上流階級の貴族だけではなく、ほとんど全ての人の要望に応じるものとなりました。その頃から、多くのラバンジンが試験栽培されました。

 

 

しかし、ラバンジンは不稔【次世代となる種子がつくれないこと】だったため、差し木によるクローン栽培でした。すると、多くの品種を開発し、丈夫で、長命で、効率の良いものを選んできたはずが、実は同一の種類の変種を作ったに過ぎなかったのです。その栽培種は全て同じものだったのです。

 

 

その点では、真正ラベンダーは対照的です。世代によって様々な花を咲かせ、構成成分も大幅に変化します。気候や土地、作り手の影響をダイレクトに受けます。真正ラベンダーは「個性的」で、「研究室の製品」や「クローン」とは違います。

 

 

 

さらに、20世紀には化学技術の発展によって、合成香料が開発されました。

 

 

 

ラベンダー風の香りを持つ合成香料によって、本物のラベンダーの取引価格が急落しました。すると、ラベンダー産業が成り立たなくなるのです。村から若者は離れ、人口は減少し、真正ラベンダー畑は雑草の生い茂る荒地へと変わりました。つい30年ほど前の出来事です。

 

 


 

 

しかし、現在では少しずつ天然のラベンダー精油、そして真正ラベンダーの需要が高まってきています。そして、ラバンジンの需要は衰退してきています。フランス政府はワインと同じようにAOC「原産地統制名称」という真正ラベンダー精油の正確な出所を知らせ、また品質を保証する証明書を発行しています。これは、例外なく野生の植物から得たものか、高地にある比較的小さな農場から由来したものかのどちらかです。現在では、EU全体の制度「AOP」となり制定されています。

 

 

 

しかし、皆さんには数千年に及ぶ歴史のあらすじと事実をお伝えできても、このあまく魅力的な香りとそれ以上のインスピレーションを描くことはできません。本当にラベンダーの真髄を味わうためには、ぜひとも体験していただくほかないのです。